愛すべきローカル線 JR三角線

 三角線が開業したのは1899(明治32)年12月25日。地元の人々にとって待望の、新しい時代の幕開けを告げる一番列車が走りだした。
 当時の駅は、宇土・住吉・網田・三角の四つ。どの駅にも駅舎が備えられ、通勤・通学をはじめとした生活の足として、そして海産物の行商の足として、多くの利用者でにぎわったという。天草への玄関口となった三角駅には観光客がひしめき、三角線の開業がもたらした恩恵は計り知れない。

 やがて、赤瀬・肥後長浜・波多浦・緑川と、合間を繋ぐように駅が新設され、6両もの車両を連ねた列車が走り、三角線は隆盛を誇った。
 海水浴シーズンの赤瀬駅や粟嶋神社大祭の緑川駅など、列車から人があふれるように降り、その列が途切れることなく道路を埋め尽くしたと、当時を知る人々が口をそろえる。
 列車の中では、行商に出向く地元のおばちゃんたちが海産物を入れたザルを足元に置いて、にぎやかに語らい、誰もが知り合いの顔を見つけては声を掛ける。まるで列車の中に小さな故郷があるような、どこか温かい光景があちこちで見られたものだった。それが三角線、そのものなのだ。
 1988(昭和63)年にはワンマン運転となった。車両も短くなり、多いときで3両。しかし、ワンマン運転になったことで三角線の魅力はさらに増えた。「気をつけて」「ありがとうございました」と運転士と利用客の会話が生まれ、やさしいコミュニケーションが双方を繋いでいるのだから。
 ローカル線の王道をゆく三角線―。だからこそ何度でも乗りたい郷愁がある。